アリクイ工房

迷い犬を保護した話「小犬のまゆげ」を綴っています

子ども同士で話し合い  12月30日(3)

家に帰ってデッキに繋ぐと、犬は寝床に入ってうとうとし始めた。
彼はいつも寝ている。あちこちに連れ回されて、気疲れしているのか。

手早く昼飯を済ませ、息子に、こうすけくん、たいちくん、まさとくんに電話をして、午後にうちに集まるよう伝えさせる。
明日は大晦日、明後日は元旦。
一刻も早く飼い主探しを始めなければならない。

急な電話のため、うちにやってきたのはまさとくんだけ。
2人で話し合いをして、昨晩息子と書き出した飼い主探しのしかたについてのメモを埋めてもらう。
子どもたちは、メモ用紙に書き込んでは消してを繰り返していた。

その間にぼくは、「迷い犬 飼い主を探しています」と書いたチラシをつくる。
今朝撮った写真に、特徴と連絡先を添えた簡単なものだ。
パソコンで手早くつくって、プリントアウトする。

できたチラシを持って1階に降りると、子どもらの話はだいたい終わったという。
メモを見せてもらう。

=================================
1 聞き込み調査
   公園の近くの家
   犬の散歩している人
   自分たちの家の近所

2 迷い犬のチラシを貼ってもらう
   交番
   自治会館の掲示板
   スーパーの掲示板
   4人の家の壁
   同級生の家にも協力してもらう
   たいちくんのお母さんが働いている店

3 ツイッターやブログ
   親がやってたりしたらお願いする

4 それらをいつやるか
   明日にも4人で集まって相談する

5 探しても見つからなかったらどうするか
   誰かの家で飼う
   飼ってくれる家を探す
=================================

いまの彼らにできることは、全部書き出してある。
いつもはお調子者の2人だけど、精一杯智恵を出しあったようだ。よしよし。

メモの最後に書かれていた1行に、ドキッとする。

 

「どうしようもなかったら、保健所にお願いする」

 

……彼らなりに悩んだ末に、書かなければならなかった1文、だと思いたい。

f:id:UMEHiro:20171124142044p:plain

預ってもらえない!? 〜12月30日(2)

犬を寝床ごとクルマに乗せて、息子と一緒に最寄りの駐在所に行く。
昨日子どもたちが話したからだろう、若い巡査はすぐ事情を察してくれた。
さっそく「預かってください」とお願いするが、どうも巡査の表情が険しい。

「警察としては、迷い犬も拾得物として扱います。
 拾得物には保管期間があって、その間に持ち主が見つからなかったら、拾った人に権利が発生します」
「ええ、そのことは知っています」
「通常の拾得物の保管期間は半年で、その間は警察が責任をもって預かります。
 ですがペットの場合、そこまで長くは預かれないんです。
 今回ですと、年末年始があるので、1月5日までの1週間となります」
「ですから、それを過ぎたらまた引き取るつもりですが」
「いえ、預かった以上警察が責任をもつことになり、またお返しすることはできません」
「となると、5日を過ぎたらどうなるのでしょう?」

「手続きに従って処分することになります」

……うかつだった。
たしかに、たとえば鞄を拾ったとして、警察に「一時預かり」をしてもらうことはできない。
預けるか、自分で預かるかのどちらかだ。
ペットも拾得物として扱われることは知っていたのに、特例として「一時預かり」してもらえるものだと、思い込んでいた。

朝に細君と、「飼う」かどうかはともかく、5日を過ぎたらうちで預からなければならないだろうな、と話していた。
飼い主探しと並行して、それまでの間にうちで受け入れるかどうかを考えればいいか、と、対応を先延ばしするつもりだった。

けれども。
[駐在所に預ける=数日間で解決しなければ「殺処分」]か、
[当面のあいだうちで預かる]か、
を、今、この場で、決めなければならなくなった。

 

  正月の帰省のときはどうする?

  娘の受験勉強のジャマにはならないか?

  誰が毎日散歩をさせるのか。

  そのために早起きできるのか……

 

様々な思いが頭の中を駆け巡る。

このままずっと家にいるの? と困惑する細君の顔が頭に浮かぶ
昨日の こうすけくんの不安げな表情も浮かんできた。
息子は話を理解しているのかいないのか、さっきから犬の体をワシャワシャとなで回している。
犬は息子に身を委ね、「やれやれ」と諦めている風情だった。

犬と目が合う。
ただじっと、見つめられた。

 

心に決めた。

「では、このまま連れ帰ります。
 子どもたちの意見を聞かないまま、殺処分することになるかもしれないことは決められません」

「そうですか。では、そちらで預かっていただくために書類を書いていただきます」

拾得物の届けとともに、こちらで預かることを届け出る「拾得物件預かり書」にサインをする。

犬は正式にうちで預かることになった。
クルマに乗せて帰るため、犬を抱えあげたとき、連れてきた時よりも重く感じた。
たとえ小さな生きものでも、命を預かる責任感はずっしりと重いのだった。

『結局連れ帰った。悩んだ末のこと。独断でスマン』
と細君にメールする。

『いやー 参ったなー(汗)』
と返事が届いた。

 

朝の散歩 〜12月30日(1)

 ワンッ ワンッ ワンッ
 ワンッ ワンッ ワンッ

時計を見ると、朝6時半。
布団を抜け出してリビングに行く。
「さっきから鳴いてるんだよね」
朝食の用意をしていた細君が言う。

玄関の段ボール囲いの中を覗くと、犬は落ち着きなく足踏みしながら、

 ワンッ ワンッ ワンッ

と鳴き続けている。

声を聞きつけて、息子も自分の部屋からやってきた。
急いで着替えて、2人と1匹で散歩に出かける。

犬の相変わらずヨチヨチ歩くが、昨日よりは足元がしっかりしている。
リードを握る息子の右側半歩後ろを、大人しく付いていく。

昔、実家で飼っていた雑種犬コロの散歩はたいへんだった。
庭から通りに出た途端に、この時とばかりどんどん先に行き、隙あらばダッシュしようとする。
そんなコロに負けないように、力を込めて引っ張りながら歩いたものだ。
犬の散歩というと、そんなイメージが強いから、この犬の行儀の良さに目を見張る。
きちんと躾されていたのか、それとも、足が弱いお年寄りに飼われていて、ゆっくり歩くクセがついているのか。

昨日の昼過ぎまで、一度もあったことのないⅠ人と1匹が、さもアタリマエといった風情で、ぼくの前を歩いている。
犬が、息子に従ってくれている。
寝床と食べ物のある場所まで、自分を抱えて連れてきた人だと理解して、息子を現時点での飼い主と認めているかのように。
昨晩は勝手がわからず、犬の顔色を窺うように接していた息子が、飼い主然としている姿が妙におかしい。


小一時間、家の周囲をうろうろする。
といっても、せいぜい半径50メートルといった範囲を行ったり来たりだ。
犬は枯れるまでおしっこをして、形のあるうんこをした。
体調はいいようだ。

家に帰り、庭で水を与えると、勢いよく舐めた。
口の周りの毛がビショビショだ。
夜にかけてやった古タオルでワシワシと拭いてやる。
昨晩と同じビーフ缶を与える。
これも元気よく舐めて、あっというまに平らげた。

今朝は日射しがあって、風もなく、いい陽気だ。
南側のデッキに寝床を運び、リードをつないでやる。
犬は大人しく寝床に入り、うずくまって寝息を立て始めた。
まったくもって手間のかからない犬だ。

細君はパートに出かけたあと。
ぼくと息子は、娘と一緒に遅い朝飯を食べる。
食卓から犬の様子がよく見える。
細君が出掛けた日の朝食は、会話も少なく黙々と食べるが、この日は違った。
ぼくら3人はなんども犬に目をやり、散歩の様子や、近所の犬の話をしながら、賑やかにトーストをほおばった。

エサを食べた! 〜12月29日(8)

風呂の用意をしていたから、たぶん夜9時ころ。
ガサガサッと音がして、犬が クーン クーン と鳴き始めた。
皆で玄関に行くと、段ボールの囲いのなかで足踏みしながら、ねだり声を上げていた。
この切羽詰まった感じの落ち着きのなさ……おしっこか。

抱っこしてリードを付けて、外に出る。
一緒に出てきた息子にリードを持たせ、庭を歩く。
小犬はフルフル震えている。
真冬の夜ふけ。寒さが相当応えるのだろう。
それでもヨチヨチと歩きながら、草の臭いを嗅ぎ、後ろ足をあげておしっこをした。

うちの庭と隣の空き地をぐるっと一周、ほんの数分の散歩から帰る。
器に水を入れて差し出すと、小犬はペチャペチャと舐めた。
牛乳を入れてやったら、これも舐める。
それならと、Yさんに分けて貰った缶詰の半練りビーフを2さじ、紙皿に乗せて、鼻先に差し出してやる。
犬は少し匂いを嗅いだ後、ペロペロと舐めるように食べ始め、あっという間に完食した。
もう2さじ、与える。
犬は皿をきれいに舐めあげ、満足したようすでまた、段ボール箱に自分から納まった。

さっきまで水もエサも欲しがらず、こんこんと眠る姿を見て、もしや病気持ちか、と気になっていた。
年末で動物病院も休みのこの時期、ぐったりしたままだったら、どうすればいいのかと心配だった。

しかし今は、人心地がついて空腹に気づいたのか、食欲が出てきたようだ。
よく眠り、自ら訴えて排便もする。
これなら、ゆっくり寝て疲れがとれれば、元気になるだろう。
そう思うと、気が楽になった。


我が家では動物を飼ったことがほとんどないが、息子は犬好きで、ご近所中の犬をなで回すのを趣味にしている。
将来はトリマーになりたいと、幼いころから公言している。
細君は、猫や鳥はダメだけど、犬なら飼ってもいいという立場。
娘はその点ノンポリだが、動物じたいは嫌いじゃない。

ぼくは断然、犬派だ。
以前は実家でも飼っていた。
だからこそ、犬を飼う大変さが身に染みている。
庭で飼っていた実家の犬には吠えグセがあった。
大人しくさせるために、叱ったりなだめたり散歩させたりで苦労したものだ。

可愛い可愛いだけでトリマーに憧れる息子に、この際、動物を飼う体験をさせるのもいいかも……などと、つい思ってしまう。
いやいや、気が早すぎる。
飼い主の元に返すことを、まず一番に考えなければ。

赤ん坊のような 〜12月29日(7)

夕食を食べながら、家族で話しあう。

「交番で預かってくれるのは1週間でしょ。そのあとどうするの」
「わからないな。保護してきた ずっこけ4人組に相談してもらうよ」
「うちで飼うの?」
「それもわからない。でも飼うのは大変だ。1日2回、毎日散歩させなきゃいけないし」
「家の中で飼うのは?」
「それはダメだな。掃除が大変」
「名前はどうする?」
「みんなで決めた。ココアっていうんだ」
「名前をつけちゃだめだよ。本当の名前と違うと、犬が迷っちゃう。それに、別れるとき寂しくなるよ」
「そうか……」

いくら話しても、何も決まらない。
今ここに犬がいるという事実があるだけ。

時折、玄関からガサッと音が聞こえ、みな一斉に玄関のほうを向く。
息子がそーっと様子を見にいくが、犬は静かに眠っていた。
身じろぎをしたときに、箱に擦れた音だろう。

やれやれ、とまた食卓につく。
こんどは妙に静かだ。寝息も聞こえない。
まさか……と気になり、様子を見にいくと、やっぱり静かに眠っていた。

音がしたらしたで、しなければしないで、気になってしょうがない。
この感じ、前にもあったな……。

そう、思い出した。
赤ん坊がいるときってこんな具合だった。
さっきまで無垢な寝顔を見せていたのに、ふと見やると、手脚を突っ張ってモロー反射してたり、黙って口をパクパクしてたり。

小さな体から発せられる生命のエネルギーが、家族の心を温かくした。
そんな、息子の赤ん坊時代からかれこれ10年ぶりに、至福の時を過ごしている。

方針を話し合い 〜12月29日(6)

息子にメモ用紙と鉛筆を用意させる。
「君が連れてきた犬が、今この家にいるんだから、君がリーダーになって飼い主探しをしなさい」
息子はリーダータイプではないが、この際しょうがない。

「それで、これからどうやって飼い主探しをするか考えて、書き出しなさい」
「……はい」
返事をしたものの、息子の手はまったく動かない。
具体的に何をどうすればいいか、思いつかないようだ。
ヒントを与えたりアドバイスをして、2人で方針を考える。

====================================
 1 聞き込み調査をする
 2 迷い犬のチラシを貼ってもらう
 3 ツイッターやブログ
 4 それらをいつやるか
 5 探しても見つからなかったらどうするか
====================================

明日にでも4人で集まって、誰が、どのように、これらをやるか、を決めるように指示した。
「はいっ」と元気に返事をする息子。
その大変さには、思いが及んでいないだろう。


ぼくもさっそく、インターネットの地元掲示板に書き込みをした。
====================================
迷い犬情報(ヨークシャテリア)

××公園で遊んでいた息子が迷い犬を連れて帰ってきました。
今晩はうちで預かり、明日(30日)から1月5日までは、
××公園脇の交番で預かってもらう予定です。
心当たりの方は、交番にお尋ねください。
・ヨークシャテリアの成犬もしくは老犬
・毛足は全体に長め。ぼさぼさ気味。額の毛を輪ゴムで縛ってある
・首輪はしていない
・人に慣れている様子。大人しい
====================================

飼い主が見ている可能性がありそうな地域掲示板、計5つに書き込んだ。
めったに書き込みがなく、閲覧者が少ないと思われる掲示板もあった。
どれほどの人が目にしてくれるのか、はなはだ心許ない。
でも、すぐにできることはやっておいたほうがいいだろう。

 

小犬は大人しく抱っこされてやってきた

f:id:UMEHiro:20171011210807j:plain

 

徘徊の可能性… 〜12月29日(5)

犬の様子がだいたいわかったところで、ご近所のYさんに電話して、餌を分けてもらうことにする。
散歩から帰ってきたYさんが、缶詰と固形のドッグフードを持って来てくれた。

Yさんのお宅では中型犬を飼っている。
昼間は庭に繋いでいて、夜は玄関で寝かせているとのこと。
うちでも預かっている間、同じように夜だけ玄関に入れるつもりだ。
吠えたらどうする、夜のトイレは? など、いろいろと教わる。

「この子は、うちの子より小さいね。
 小型犬なら、Iさんのほうが詳しいんじゃない?」

そうだった。
Iさんはチワワを4匹飼っていて、繁殖の経験もある。
Iさんに電話して相談すると、トイレシートとリードを持ってきてくれた。

「ずいぶんおじいちゃんだね……」
そこをかなり気にしている。

犬も高齢だと痴呆の症状がでて、徘徊することがあるという。
仮に徘徊だとしたら、どれほどの距離を歩いてきたのか、見当がつかない。
飼い主探しの困難さを、改めて思い知る。

Iさんのアドバイスで、一回り大きい段ボールで寝床をこしらえ、さらに大きな段ボールで囲いをつくる。
暴れる様子はないので、囲いを壊したり脱走することはないだろう。

「毛布とかかけないと寒がるかな?」
「外で過ごしていたんなら、段ボールでも充分暖かいと思うよ」
小型犬に慣れているIさんのアドバイスが心強い。

見知らぬ場所で、見知らぬ人に囲まれて、寝床は簡素な段ボール箱。
昨日まで犬が過ごした環境と比べて、いいのか悪いのかわからない。
ぼくとしては精一杯、過ごしやすくしてあげたつもりだけれど。

Iさんが帰り、ぼくら家族が見つめるなかで、小犬は再び眠り始めた。
よほど疲れていたのか、小さくいびきをかいている。
玄関の灯りをそっと消し、皆でリビングに移動した。