アリクイ工房

迷い犬を保護した話「小犬のまゆげ」を綴っています

一本の電話  12月31日 (4)

昨晩に予想外の散歩で中断した年賀状書きをしていた午後3時ころ、家の電話が鳴った。
細君が出て、真剣な声で「はいっ、はいっ」と返事している。
ただならぬ雰囲気。もしやこれは……

電話を保留にした細君に呼ばれる。
それは警察署からで、「飼い主らしき人が交番に来ている。これからパトカーで連れて行ってもいいか」とのこと。
少し考えて電話を替わる。

「お越しいただくのはもちろん構いませんが、飼い主の方だったら、そのまま連れて帰りたいことでしょう。
でも、飼い主探しをしている子どもたちが帰ってきたときに、もういなかったら、子どもたちが忍びない。
誠に申し訳ないが、できればその方の連絡先を教えていただき、子どもたちが帰ってきたら連絡するということにさせてもらえないか」

電話の向こうで、警察官が飼い主らしき方と話し合っている。
やがてOKがもらえたようで、電話番号と名前を教えてもらった。

電話を切った後、すぐ、たいちくんの家に連絡する。
たいちくんはキッズ携帯を持っている。
親御さんに事情を話し、すぐ帰るようにと伝言を頼んだ。

ひとまず連絡を終え、奥さんとぼくとで顔を見合わせる。

「よかったね……」
「でもまだ飼い主と決まったわけじゃないし……」

そう言いながら、でも、間違いないだろうという確信があった。
同じタイミング、同じエリアで、ヨークシャテリアを探す人が他にいるとは思えない。

口では「捨て犬とは限らない」「一時的に預かるだけ」と言ってきた。
「無事戻せるよう、頑張って飼い主を探せ」と子どもたちに言ってきた。
でも内心は、飼い主探しはかなり困難、おそらく見つからないだろうと思っていた。
そして、それならうちで飼おうじゃないかと腹を括っていた。
先が短い老犬ならば、最期まで見届けてやろうじゃないか……。

たった2晩預かっただけだが、ぼくはそこまで考えていた。
少なからず愛着を覚えた。
「まゆげ」は、ぼくや家族にそう思わせるようなお利口さんだった。
でもやはり、当たり前だが、飼い主が見つかったらお返しする。

電話を受けて、安堵感が半分、脱力感が半分で、心中複雑だった。

息子たちはチラシ貼りへ、娘はお散歩へ  12月31日(3)

シャンプーをして「まゆげ」はさっぱりふわふわになった。
買物しようとスーパーに立ち寄り、「まゆげ」は外のポールに繋いでおいた。
買物を終えると、彼は静かにお座りして待っていた。

よくしつけられていると感心するが、といってぼくらが近づいても喜びはしない。
人に慣れているというだけで、懐いたわけではないってことか。

帰宅すると、細君と娘がいそいそとやってきて、笑顔で「まゆげ」をなで回す。
「まゆげ」は抵抗もせず、されるがままに弄ばれていた。

午後になり、たいちくんとこうすけくんがうちにやってくる。
まさとくんからはさっき電話があり、用事で来られないとのこと。

用意しておいたチラシを息子ら3人に預け、昨日まさとくんと息子とで話し合って決めた方針を皆に伝える。

彼らは交番、スーパーマーケット、公民館などを巡り、掲示板にチラシを貼らせてもらうよう交渉する。
犬を散歩させている飼い主にも声を掛けて、チラシを手渡すという。
小学生ができる精一杯。
「夕方、暗くならないうちに戻っておいで」と声かけて、3人を送り出す。

たいちくんが「まゆげ」を連れて行こうとするが、チラシに写真を載せてあるからと押しとどめる。
気持ちはわかるが、年寄り犬を連れ回しちゃいけないよ。

ずっこけトリオが出かけ、「まゆげ」の周りは静かになった。
この時を待っていたのかのように、娘が「まゆ毛」を構い始める。

彼は朝から何も食べてない。
娘は水でふやかした固形フードを食べさせようと、掌に乗せて差し出したり、ぐずぐずに潰してみたりする。
「まゆげ」は匂いは嗅ぐものの、頑なに食べようとしない。
彼にとっては、食欲をそそる匂いではないようだ。
やはりミート缶ばかり食べてきたのだろうか。

うらうらと穏やかな陽気の大晦日の午後1時過ぎ。
娘は受験勉強もそっちのけで、「まゆげ」を連れて家の周りを歩いている。

ご近所じゅうの犬が友だちの息子とは違い、娘は犬の扱いに慣れていない。
「まゆげ」との距離感も、なんだか危なっかしい。
どこか怖々として腰が引けている。
そんな娘を穏やかに受け止め、散歩に付き合ってくれる「まゆげ」が愛おしい。

シャワーを浴びてサッパリ  12月31日 (2)

うちに来たときから、「まゆげ」の臭いが気になっていた。
外犬だったら、まあしょうがないよねという程度の臭い。
でも、これまで四つ足動物を飼ったことがない我が家では、この動物臭が気になってしょうがない。
大晦日の今日、おせち料理をつくる予定の奥さんは、臭い付いたら困るから「まゆげ」にさわらないという。

しょうがねぇなあ……と、息子と一緒にペットジャグジーに行くことにした。
コインランドリーに併設する設備で、お湯を溜めて犬の体が洗える湯船状のジャグジーや、ドライヤー、敷物を洗える洗濯機などが置いてある。
中型犬ならジャグジーが30分1000円で使える。
忘れ物らしいシャンプーと、備え付けのタオル、エプロンを借りる。

額の毛を束ねてあった輪ゴムを外す。
飼い主と繋がる糸を切るような気がして躊躇するが、どうせなら顔もきれいにしてあげたい。

怯えてぶるぶる震える「まゆげ」をジャグジーの底に置いて、シャワー開始。
バタバタと逃げようとするが、いくら暴れても、彼が越えられる高さではない。
やがて大人しくなり、されるがままに洗うことができた。

かつて実家の犬を風呂場で洗ったときは、最後まで暴れ続けて大騒ぎだった。
それに比べて、「まゆげ」の大人しいこと。
あるいは茫然自失になっているのか?

お湯で濡れたら、ふさふさの毛がぺたんこに。
中身が意外にほっそりしているのが妙におかしい。
まるで別種の犬になったみたいだ。

後からやってきた客のおばちゃんと話をする。
「この小犬、迷い犬なんですよ」
「ああそうなの。このミニチュアダックスフントもね、捨て犬だったのよ」
「そうなんですか。よくなついてますね」
「最初は大変だったけどね……」
その人の家の近くに、段ボール箱に入れて置かれていたそうだ。
乳首に大きな腫瘍があった。
治療費が惜しくて捨てられたのだろう、とおばちゃんは言う。

「うちにはもう2匹いたのよ。でもやっぱり可愛そうなんでね…」
人間の都合で捨てられ、心優しい飼い主に拾われたミニチュアダックス
彼はラッキーな犬だ。
翻って「まゆげ」はどうだろう?
彼の飼い主は、今は何をしているのだろう……

 

 

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完全に虚脱状態

 

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どちらも同じイヌ

ヒトとイヌとトーストと  12月31日 (1)

 ワンッ ワンッ ワンッ
 ワンッ ワンッ ワンッ

今朝も「まゆげ」の鳴き声で目覚めた。
時刻はまだ6時前。我が家じゃ起きるには早すぎる。
布団に潜ってやり過ごしていたら、2階から息子が降りてきて、「うるさいっ!」と「まゆげ」を一喝。
「まゆげ」はそのまま静かになった。

「まゆげ」よ済まぬ、もう少し寝かせておくれ……
 
7時過ぎに起きて、息子と2人で散歩に出る。
ご近所をぐるっと回り、昨日より長めのお散歩コース。

いったん家に戻るが、まだ歩きたがるので、通り過ぎてさらに向こうへ。
彼はアスファルトの道よりも、草むらのほうが好きみたいだ。
くんくんと臭いを嗅ぎ周り、もう出ないおしっこを何度も出そうとする。
小一時間歩いて戻る。

日当たりがいいデッキにつなぎ、ふやかした固形フードと水を与える。
水は飲むが、固形フードには見向きもしない。
落ち着きなく臭いを嗅ぎ周り、うろうろしてる。
空腹なのはわかるが、固形フードも食べてくれないと困るのだよ……

エサはそのまま置いて、家に入ってヒトも朝食。
皆でトーストを食べる。
そういえば、かつて実家で飼っていた犬には、パンの耳を食べさせていたな、と思い出す。

当時バイトしていたコンビニで、サンドイッチ用にカットして不要となった食パンの耳をもらえた。
それに食べ残した魚や味噌汁をかけ、固形のドッグフードも混ぜてお湯で伸ばし、主食として与えていた。
当時はそんなもんだと思っていたが、今だと「ペット虐待!」と叱られそうな粗食だ。

それからおよそ30年。
時代が変わったのか、当時の我が家が無知だったのか……

真夜中のお散歩  12月30日(6)

まもなく深夜0時。
息子は寝て、娘は部屋で勉強中。奥さんは風呂上がりに洗濯中。
ぼくは軽く晩酌しながら、年賀状の宛名書きをしている。
突然、玄関からガサゴソッと音がして、「まゆげ」がワンッと鳴いた。

顔を見せてなだめるが、鳴きやむ様子はない。
 ワンッ ワンッ ワンッ
とリズミカルに、何かを訴えるように吠える。

これはやっぱり散歩だろうな。
でもこの調子で、鳴けば散歩に連れてってもらえると思われても困る。
さてどうしたものか……。

迷っていたら、息子が2階から降りてきた。
子どもが寝られないならしょうがない。
上着を着込み、こんどはぼく1人で「まゆげ」を散歩に連れ出す。

真冬の真夜中。空は澄み渡り、オリオン座がきれいに瞬いている。
しんしんと身に染みるような冷え込みの下、昨日出会ったばかりの犬を連れて散歩をする。
まるでそれが数年来の日課のように。

「まゆ毛」は実によく慣れた犬だ。
他人の家でも行儀よく、散歩するときも従順だ。

……この犬なら、飼いやすいよな……

そんな思いが、つい、頭によぎる。

いやだめだ、これは預かっている犬だ。
必要以上に愛着を感じちゃいけない。

だけど、好感を抱いちゃったんだもん。
可愛いんだもん。
うちで引き取ればいいじゃないの?

何事も達観しているような顔つきの「まゆげ」だが、君の願いはどっちなんだ?
ここにいること? 飼い主の元に戻ること?

……考えても詮無きことに思い巡らせる。

「まゆげ」は草むらで、プリッとうんこをした。
ああなんだ、うんこをしたかったのね……。
それで満足したようで、家に戻ると素直に寝床に納まった。

呼び名は「まゆげ」  12月30日(5)

犬の食事のあとは、ヒトの夕食。
ぼちぼち呼び名がないと不便だということで、とりあえずの名前を決めようと家族で話し合う。

娘が思いついた「ココア」は却下。見た目と合ってない。
息子は、話を聞いて遊びに来た友だちと一緒になって、勝手に「モップ」と呼んでいた。
なるほど、お掃除モップに見た目そっくり。でもあんまりだよな。

あーでもないこーでもないと話してるうちに、息子が「ワンピースに『まつげ』ってキャラクターが出てくるね」と言った。
「まつげ」がいるなら、兄弟はまゆ毛か、それともうぶ毛か……

この犬の特徴は、目を覆わんばかりに伸びている頭の長毛。
飼い主はその毛を輪ゴムで留めている。
はみ出した毛が、まるでまゆげのように伸びている。
「まゆげ」、略して「まゆ」。しっくりするな。
こうして、我が家での彼の呼び名は「まゆげ」となった。

そんな話し合いをしている向こう側で、今宵の「まゆげ」はどうも落ち着きがない。
さっきから段ボールの囲いの中で足踏みをしている。
伸び気味の爪がタイルを叩き、カチカチと鳴っている。

ズザッ、ガリガリッと音がした。
様子を見に行くと、囲いに前脚をかけて立ち上がり、いまにも押し倒そうとする。
そのうちに、クーンクーンと鳴き始めた。

大人しい「まゆげ」が鳴くのは、今のところ食事かトイレのどちらかだ。
空腹だったら固形フードでも食べるだろうが、口を付けたようすはない。

いったん庭に出して、おしっこをさせる。
寒がって歩きたがらないので、そのまま家に入れる。

だが、「まゆげ」はまだ落ち着かない。
寝床には入らず、囲いを押しては何か訴えている。
そのうちに、ワンッワンッと吠え始めた。
ううむ、まだおしっこをしたりないのか。

息子と2人で懐中電灯を持って、改めて夜のお散歩へ。
やはりフルフル震えるが、歩き始めたら大丈夫そうだ。
昨晩より足どりはだいぶしっかりしている。
でも遠出をして歩けなくなってもいけない。
家の近くを行きつ戻りつ、延べで300〜400メートルほどを、30分ほどかけて歩く。

散歩というにはのんびりしすぎだ。
それでも長時間歩き回って疲れた様子。
こんどは大人しく寝床に入って丸くなる「まゆげ」だった。

固形フードは食べられない?  12月30日(4)

夕方になる前にまさとくんが帰り、入れ替わりで細君がパートから帰ってきた。
さっきつくったチラシを細君に見せて、うちの電話番号を記すことの了解を得る。

内容が決まれば、あとはプリンタで増やすだけ。
今日のうちに用意して、明日にも子どもらにチラシ撒きをしてもらおう。

親同士も話したほうがいいだろうと、細君がこうすけくんのお母さんに電話する。
さらにたいちくん、まさとくんとも連絡を取り、明日の午後にずっこけ4人組が集まることにする。

明日は大晦日。
正月休みに入る前に、少しでもやれることをやっておこう。
個人宅は無理としても、店や交番にはチラシの張り出しを頼めるだろう。

息子と一緒に、近所の100円ショップに歩いて行く。
すぐにお返しするかもしれない犬のために、あまり用具を揃えたくない。
でも、飲み水や食事用の安定した器は、やっぱりあったほうがいい。
「男の子だから」と、息子が緑色の器を選ぶ。
おもちゃ代わりにでもなればと、小型犬用のガムも買う。

とっぷりと日も暮れた午後6時。
朝の食事から半日が経ち、犬もお腹が空いただろう。
「ウェットタイプのビーフ缶だけあげると、固形フードを嫌がって食べなくなるよ」
と、近所のYさんに言われていた。
2、3日ならともかく、長期戦も覚悟した以上、エサの選り好みはしてほしくない。
今宵の食事は、缶詰のウェットビーフと固形フードを混ぜたもの。
うまく食べてくれればいいが……

ちょこんとお座りする犬の鼻に、器を差し出す。
フンフンと匂いを嗅いだ後、勢いよく、ペロペロと舐め始めた。
うまくいった……はずが、減っていくのは舐め取れるビーフのみ。
固形フードは器に残ったままだった。

この犬は、固形フードを食べ物だと認識してないのか?
食べたことがないのか、それとも歯が悪くて敬遠してるのか?

どちらにしても、この先ずっとビーフ缶というのもちょっと厳しい。
食事の量はまだ足りないはずだ。
いずれ食べるかも知れないと、水でふやかした固形フードをそのまま置いておく。

空腹にさせて食べるのを待つ、なんて、もしかして動物虐待になるか……
ぼくの実家で犬を飼っていたのはもう30年近く前。
時代遅れの経験を活かそうしていいのか? と、いちいち自信がないのだった。